大阪朝鮮学園補助金裁判(14)

8 争点9(A市要綱交付対象要件充足の有無)について
(1) A市要綱2項該当性について
ア 本件A市申請(平成23年9月12日)及び追完(同年10月12日)の当時,A市要綱における本件A市補助金の交付対象が「本市内において各種学校を設置する私立学校法に定める学校法人」とされていた点が,平成24年3月27日付けで改正され,「本市内において各種学校を設置し,当該年度にA府私立外国人学校振興補助金の交付を受けることが見込まれる私立学校法に定める学校法人」とされている。
本件A市補助金の交付が贈与契約という形式でされていることからすると,契約の成否及び内容は,申込み(申請)と承諾(交付決定)により決まるというべきであり,被告A市の内部の事務手続を定めるA市要綱は,申込み(補助金申請)の誘因として位置付けられるものであり,それを超えて契約の成否及び内容を直接確定するものとは解されない。そして,A市要綱は,平成24年3月27日付け改正の際にも経過規定が設けられておらず,交付決定がされた後においても事情変更による交付決定の取消し等があり得るものとされ(12項),申請に対してそのまま承諾(交付決定)がされたとしても確定的に申請内容に従った交付が得られることを保証するものではない。これらの点に照らせば,本件A市補助金の交付決定に当たっては,その時点でのA市要綱が適用され,交付申請をした後にこれに対する交付・不交付の判断がされないうちにA市要綱が改正された場合には,改正後の要綱に基づいてその交付・不交付の判断をする趣旨のものということができる。補助金の交付申請の際に前提とされたA市要綱と異なる内容の要綱によって補助金の交付・不交付(契約の成否・内容)が決められる場合には,申請者の期待を損なう状況も生じ得るが,A市要綱は,本件A市補助金の申請期限と交付・不交付の判断の期限を設け(5項,8項),交付・不交付の決定後次の年度の申請までの間に改正作業を行うことで,上記のような場合を限定しているものと解される。そうすると,A市要綱に定められた提出期限である5月末日を3か月以上経過してされた本件A市申請については,申請者である原告において申請後にA市要綱が改正されることにより不利益が生ずるとしてもやむを得ないものといわざるを得ない。
イ そして,被告A市において,A市要綱の内容をいかに定めるかについては,上記のとおり裁量を有しているものと解され,そうすると,被告A市において,各種学校の監督権限が被告A府にあり,本件A市補助金は本件A府補助金を補完する性格のもので,本件A府補助金を前提としているとし,これを明記すべくA市要綱2項を改正すること(丙8,証人W)は,相応の根拠があるというべきである。
ウ したがって,A市要綱に設けられた新要件が違法,無効ということはできず,上記認定事実(4)オのとおり,被告A府が本件A府不交付をしたのであるから,原告が「本市内において各種学校を設置し,当該年度にA府私立外国人学校振興補助金の交付を受けることが見込まれる私立学校法に定める学校法人」に当たるということはできず,A市要綱2項に定める本件
A市補助金の交付対象要件を充たさないことは明らかである。
(2) 原告の主張について
ア 原告は,前記第2の4(9)(原告の主張)アのとおり,憲法26条,13条,社会権規約19条等の国際人権基準,平等原則及び後退的措置の禁止を根拠に本件A市補助金の交付を受ける権利,利益を有しており,平成24年3月27日付けA市要綱の改正は同権利等を侵害するものであると主張する。しかし,憲法26条,13条,社会権規約19条等の国際人権基準は具体的な権利を基礎付けるものとはいえず,他の私立学校や各種学校との間に補助金の交付の有無等に差異が生じたとしても,直ちに平等原則に反するものとはいえないというべきであるし,また,後退的措置の禁止も政治的義務はともかくとして,法的義務とは解されないから,これらにより原告が上記権利等を有していると認めることはできない。
なお,上記6(2)アと同様に,本件A市不交付により原告が平成23年度A市補助金の交付を受けられないことにより,結果として,原告が運営する各種学校に通学する児童,生徒及びその保護者の学習環境の悪化や経済的負担の増大等の影響が生ずることが懸念されるところであるが,A市要綱による本件A市補助金に係る交付事業が学校法人への助成という枠組みを前提としている点も同様であるから,既に説示したところと同様に,当該学校法人又はこれが運営する学校がA市要綱に定める交付要件を充たしていない以上,本件A市補助金の交付が受けられないとしてもやむを得ないといわざるを得ない。
イ(ア) また,原告は,前記第2の4(9)(原告の主張)イのとおり,本件A市補助金は,国やA府とは無関係に,被告A市が学校教育法の規定する小・中学校に準ずる教育をしている学校法人があるという実態を考慮して交付を始めた制度であって,被告A市が原告にもそのような実態があることを認めていたからこそ長年にわたって本件A市補助金を交付してきたはずであり,本件A市補助金を被告A府が行っているA府補助金を補完するものと位置付けること自体,本件A市補助金の趣旨及びその経緯に反し,政治的理由による狙い撃ちであるから,新要件を付加することは許されないと主張する。確かに,平成3年度分から原告に交付されてきた本件A市補助金は平成4年度分から原告に交付されてきた本件A府補助金に先立って交付され始めたものであり(上記認定事実(1)ア,イ),原告に対する平成22年度分の本件A市補助金の交付決定は,本件A府補助金の交付決定(平成23年3月25日)に先立つ同年1月27日にされている点で,本件A市補助金の交付が本件A府補助金の現実の交付を前提としてされていたとは解し難いところである。
(イ)a しかし,被告A府においては,昭和49年度から原告に対する助成(私立各種学校設備費補助金)をしており,その後,本件A府補助金の交付が始まってからというもの,本件A府補助金の交付がされなかったのは平成23年度が初めてであるし(前記前提事実(2)ア,上記認定事実(4)オ),平成22年度分の本件A府補助金については被告A府の担当者と原告との間で,被告A府が求めた4項目を充たすか否かについて種々のやりとりをした上で,これを充たすとしてその交付がされている上(上記認定事実(2)イからカまで,同クからコまで),平成23年度分のA府補助金についても,被告A府職員は,原告に対して,その交付を受けるために必要となる文書等を指示し,原告の対応によってA府要綱2条に定める交付対象要件を充たせばその交付がされるという趣旨の説明をしていた(上記認定事実(4)ア,イ)。このように本件23年度A市補助金までは,本件A府補助金の交付がなく本件A市補助金が本件A府補助金を補完するものであるという性格が問われるような状況が現実化することがなかったにすぎない。そして,各種学校については被告A府が監督官庁を務めていること(学校教育法134条2項,4条,13条等。丙8,証人W)に照らせば,これに対する助成等についても第一次的には被告A府が役割を担うべきとの立場で,A市内にある各種学校のうち義務教育に準ずる教育を実施する学校法人である外国人学校について,その役割に鑑み,被告A市において被告A府による助成を補完する形で助成することとし,A市要綱を定めて本件A市補助金の交付をしてきたものと認められる(丙8,証人W)。
そうすると,被告A市においては,本件A府補助金を補完するものとして本件A市補助金の交付をしてきたものであるが,平成23年度において,本件A府補助金が交付されず,本件A市補助金の本件A府補助金を補完する性格が問われる状況が生じたことから,その性格をA市要綱上においても明確にするために平成24年3月27日付けA市要綱の改正が行われたものと解されるところであって,当該改正によっても,A市要綱に実質的な改正はないということができる。
b また,仮に平成24年3月27日付けA市要綱の改正により,その実質的な内容に変更があったと解したとしても,A市要綱は,A市交付規則を受けて補助金交付の内部手続を定めた細則であるから,被告A市がA市要綱をいかに定めるかについて裁量を有しており,この点は,贈与契約の性質を有する本件A市補助金の交付対象としての要件(交付対象要件)についても異なるものとは解されない。そして,上記のとおり,A市内に所在する外国人学校を含む各種学校監督官庁が被告A府であることから,このような各種学校に対する助成等についても被告A府が第一次的に行うべきものとし,本件A市補助金はこれを補完するものとして補助制度の枠組みを規律し,このような位置付けをその交付対象要件として明記することも合理性を有するもので,その裁量の範囲内ということができる。そして,A市要綱の改正内容も,各種学校の個々の特性や教育内容に関わらない補助制度の枠組みに関する事項であることに照らせば,同改正が原告を殊更狙い撃ちにしたものということはできず,また,被告A府による4要件が違法・無効でないことは前述したとおりである。
ウ さらに,原告は,前記第2の4(9)(原告の主張)ウのとおり,本件A市申請後に改正されたA市要綱によることが信義則に反する旨主張する。しかし,本件A市補助金の交付の法的性質は贈与契約であり,A市要綱は被告A市の内部手続を定めた細則にすぎない以上,A市要綱が原告と被告A市との法律関係を直接規律するものではないし,A市要綱の定めも,申請内容に比して減額して交付される場合や,交付決定がされた後における事情の変更による決定の取消し等についての定めを設けているのであって(10項,12項),申請者がした申請内容を保証し,その内容に従った本件A市補助金の交付が確定的にされることを前提とはしていない。そして,原告が本件A市申請をしたのはA市要綱5項に定める申請期限を経過した後であり,上記(1)アのとおり,A市要綱もこのような申請を本来的に予定しているとは解されないところである。そうすると,被告A市がA市要綱を上記のとおり改正したとしても,原告との関係においてこれが許されないとまではいえず,A市要綱を改正して本件A市不交付としたことが,信義則に反しているとはいえない。
(3) 小括
以上によれば,平成24年3月27日付けでA市要綱に付加された新要件が違法,無効とはいえず,原告がA市要綱2項に当たるとは認められず,また,同項を適用することが信義則に反するともいえないから,原告がA市要綱交付対象要件を充たすと認めることはできない。
したがって,本件A市承諾請求及び本件A市確認請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。