政策実現における「訴訟」の機能(1)

www.gscc-upp.jp/workshop/doc/workshop_2013_15.pdf
都市公共政策ワークショップ?U 議事録
開講日:平成25年10月18日(金)
講 師 :横田明美先生
千葉大学法経学部総合政策学科

政策実現における「訴訟」の機能

はじめに
横田先生が執筆中の論文「義務付け訴訟の機能−時間の観点からみた行政と司法の役割論」をもとに、行政訴訟を中心に研究する立場から「政策」という観点ではどのように捉
えられるかをお話いただきました。

政策法務における行政訴訟の意義
自治政策法務』(有斐閣、2011)第4章、鈴木潔先生の論文「20 行政事件訴訟法と訴訟法務」において次の2点が述べられている。
1- 1 政策評価として
執行法務や立法法務に違法・不当性が無かったかどうかを評価すること
本来、不当性審査は裁判所ではなされないが、裁判所という独立した裁断機関が違法性の観点から検証・評価する仕組み。
1- 2説明責任の履行方法として
自治体が法廷の場で裁判所及び住民等に行政活動の適法性について説明責任を履行する

「法的対話」としての訴訟
 自分の主張が正しいと言い切るだけでなく、相手の言い分も聞くという一連の流れが企図されている。

2 政策と訴訟が交錯する場面
大きく分けて次の3つの訴訟を考える。
2- 1 抗告訴訟(行政事件訴訟法3条)
公権力の行使に対しての訴訟として挙げられている。
【代表格】取消訴訟
何らかの処分(侵害処分・拒否処分など)がなされることに対し、その処分の取り消しを求める訴訟。平成16年改正前までの行政事件訴訟法では取消訴訟中心で考えられてきた。(例 租税賦課行為・営業停止処分・給付の拒否など)

→これだけでは行政と裁判所の関係はよろしくない。もっと裁判所にできることがあるということで改正。
【平成16年改正後】義務付け訴訟(申請型・非申請型)、差止訴訟
・申請型
給付の拒否を取り消すだけだった訴訟が、さらにその給付自体を認めなさいという義務付け訴訟ができるようになった。
→申請を前提としているので申請型義務付け訴訟と呼ばれている。
・非申請型
違法な操業をしている工場や産業廃棄物処理業者に対して、行政は何らかの是正措置を命令する権限があるが命令していないことに対し、平成16年改正前は何もできなかったが、改正後は、この権限を行使せよという義務付け訴訟ができるようになった。
→申請を前提としないので非申請型義務付け訴訟、または権限行使型と呼ばれる。
また、まだ処分されていないが、されそうだからやめて欲しいという訴訟が
ある。(例 保険医指定の解除など)

○ポイントは単に本案の訴訟でこれらができるようになっただけでなく、仮の権利保護(仮の義務付け、仮の差止め)ができるようになり、裁判所の権限が広がった。
平成16年改正では原告適格の拡大、つまり訴えられる人の範囲が拡大したことが画期的であると言われたが、このように訴訟の種類が増えたことにより出てくる場面も増えてくるだろうと言われている。
とくに住民の立場から考えると、工場や産業廃棄物業者に対して民事の差止め(人格権に基づく差止め)を求めるだけでなく、行政に対しても同時に許可取り消しを求めることができるようになった。

2-2 国家賠償訴訟(国家賠償法1条)
【通常】違法な行為がなされたときに賠償を請求する
侵害処分が違法であった場合、それを取り消すという効果の面をとらえるのが抗告訴訟。それによって生じた金銭的な損害を請求するのが国家賠償訴訟である。また、処分は取り消せなくても金銭面は違法であるから請求するというのも国家賠償訴訟
である。
【近年】規制権限や立法の不作為を違法とする国家賠償訴訟行為がなされた場合だけではなく、なすべきことをしなかったから損害が生じたという不作為の違法確認の国家賠償版とでもいうべき判決が近年著名になっている。
(例 薬害関連訴訟)

2-3 住民訴訟(地方自治法 242条、242条の2)
地方公共団体が行った公金の支出等について違法であると考える場合、住民であれば誰でも、監査委員による監査を経た上で裁判所に訴えることができる
種類は4つ(?@行為の差止め?A行政処分の取消・無効確認?B怠る事実(不作為)の違法確認?C執行機関や職員に対する損害賠償等の請求を求める※)
※?Cについて「住民訴訟に関する検討会報告書について(概要)」を参照
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei01_02000051.html
総務省ホームページ(平成25年10月18日閲覧)

この検討会は?Cの職員に対する損害賠償等の請求があまりにも過大になってしまったために、何らかの責任制限が必要なのではないかという問題意識で開催された検討会である。つまり4号訴訟において市が行った違法行為の責任を最終的に個人に帰属してしまうのはどうかという議論が出ている。

○このように行政法において、訴訟と政策とが交錯する場面は大きく分けて3つあり、
近年そのどれもが変化している。とくに行政法に詳しくない実務家の多かった時代と比べて、現在のロースクールでは行政法が必修であるので、ますますこの現象が顕著に表れると考える。

3 横田先生著「義務付け訴訟の機能―時間の観点からみた行政と司法の役割論」から
「義務付け訴訟の機能(一) ―時間の観点からみた行政と司法の役割論―」国家学会雑誌 126巻(2013年)9・10号1頁(以下、全6回連載予定)

大阪の個人タクシー運賃値下げ事件(申請型義務付け訴訟)を例に挙げ、他にも生活保護、障害者の介護給付、外国人の在留特別許可などについて、平成 16年改正後はいろいろな事件が出ている。
これらの下級審裁判例をとおして検討し、申請型義務付け訴訟はどのような機能になっているのだろうか、またその機能があるとすれば現在の解釈は追いついていないのではないかを考える。
3- 1 要旨
特に申請型義務付け訴訟について、改めてその機能を考察し、担っている機能と整合的な制度理解及び解釈指針を導き出すことを目指した
本論部分は4章構成
改正後生じた問題点を下級審裁判例の分析を踏まえて整理する第1章
ドイツ義務付け訴訟制度の変遷を最初期の占領期法制から現代まで概観する第2章
日本の行政事件訴訟法改正前後の議論を検証する第3章
違法確定と是正措置(救済)を切り離す先行研究を踏まえて義務付け訴訟と時間との関係を考察した第4章
本論の結論:義務付け訴訟の機能は、判決後の円滑な行政過程の遂行を実現するための方向付け、嚮導であると理解し、それにそった個別論点の解釈がなされるべきであるということ
行政訴訟の過程は、行政へ申請があって処分(拒否)され、裁判所で判決される。
これが控訴されないで確定すると、また行政に戻る。いままでの義務付け訴訟は、訴訟できるかできないかを議論していたが、平成 16 年改正以降の論点は、義務付け訴訟確定後の戻し方にポイントがあるという結論になった。なぜなら、日本は取消訴訟と義務付け訴訟は同時に起こるが、いつも一緒に起こるわけではなく、裁判所が取消訴訟のみ先に判決(単独取消判決)したり、一方、義務付け訴訟の判決においても行政の裁量に幅をもたせる判決が出るという結果になっている。

3-2 違法確定と是正措置(救済)の切離し
従来の抗告訴訟の各判決類型の中に、違法判断と是正措置(救済)の二重構造を見出した先行研究
興津征雄『違法是正と判決効』(弘文堂、2010)、曽和俊文「権利と救済(レメディ)−行政法における権利の特質」高木光・交告尚史・占部裕典・北村喜宣・中川丈久(編著)『行政法学の未来に向けて―阿部泰隆先生古希記念』(有斐閣、2012)543頁

今までの取消訴訟だけで動いていた弊害が出ているのではないか、実際には取消よりも違法であると言ってほしいのではないか、もしくは違法であると言えるがどういう結論に至るかは裁判所が本当に決められるだろうかという疑問が出てくる。

取消訴訟=処分の違法確定+取消(という法効果)
・義務付け訴訟=処分がなされないことの違法確定+処分をなすことを命じる(という法効果)

3-3 政策実現の観点からみたポイント
取消訴訟と義務付け訴訟の関係を再定義→「取消訴訟加重負担」からの脱却
救済内容は裁判所だけでは決めることができない、という諦念
行政過程への「差戻し」に対し積極的評価

平成 16 年改正以降、どこまでが裁判所が決められて、どこからが行政が決めたらいいのかという発想の議論になった。

4 一歩前へ:訴訟をきっかけとする新たな政策実現
4- 1 出石稔「23 政策法務としての争訟法務」『自治政策法務』298-310頁、300-302頁 勝訴しても敗訴しても見直しが必要に
特に敗訴した場合は重要だが、実際には事務執行全体の見直しや条例の内容精査などは行われないことが少なくないようである。
303-309頁 判決からではなく、訴訟提起を機に見直した例
愛知県東郷町 ラブホテル規制条例
神奈川県横須賀市 地下室マンション建築確認
横須賀市は裁判に負けたが、あえて控訴しない対応をとった
地下室マンションは脱法行為で、その建設は危険であると判断し、新たに規制
する条例を並行して策定→訴訟になったものだけ別異に取り扱うことは矛盾が
生じるから

○訴訟は争っている事件について判断するものであるが、差し戻された行政庁とし
ては他のケース(利害関係者)のことも考えないといけない。全体の政策として考え
る必要がある。

4-2 住民訴訟検討会における「違法確認と義務付け」案
本検討会:過剰な負担を負わされうる長の責任制限のための検討会
「対応案?V 違法確認訴訟を通じた是正措置の義務付け
i)違法確認訴訟を通じた是正措置の義務付けの追加 現行の4号訴訟に加え、新
たな訴訟類型として財務会計行為の違法確認訴訟を創設する。違法を確認する
判決が確定した場合、長に、判決の趣旨を踏まえて、個人に対する懲戒処分、
再発防止に向けた体制構築、違法が確認された行為の原因となる条例の改廃等
の当該行為の是正又は将来における同種行為の抑止のために必要と認める措置
を講ずるとともに、その旨を議会に報告することを義務付ける立法措置を講ず
る。」
→違法確認と是正措置(救済)を切り離し、行政は違法判決確定後に是正措置を講
じ、それを議会に報告するという案。