政策実現における「訴訟」の機能(2)

4-3 和解
訴訟において裁判所による判決ではなく、当事者同士の互譲(譲り合い)によって
解決しようとすることである。民事上では当たり前のように行われるが、行政はそれ
ができないと言われている。
(1) 取消訴訟における和解をめぐる議論状況
通説:「法律による行政の原理」に反するため否定する
塩野宏行政法?U第5版』(有斐閣、2010)180頁
一度出した処分をあくまで適法であると争うべし
通説の問題点:事実上の和解を許容(行政側の撤回と原告側の訴えの取下げと
を引換えにしてしまう)
有力説1:処分の適法性を前提にし、公開される和解であれば禁止されるいわれ
はない
大橋洋一行政法?U現代行政救済論』(有斐閣、2012)159頁
有力説2:裁判上の和解としたうえで、透明性と公正性を確保するための手続き
を定めるような内容の立法で解決すべき
阿部泰隆『行政法解釈学?U』(有斐閣、2009)275-277頁
(2) 訴訟過程と行政過程での意思決定プロセス
訴訟過程における意思形成と通常の行政過程における意思形成は同一か?

cf. 訟務体制の現状 鈴木潔・前掲 262-263頁
分業化の不徹底、不慣れな職員
自治体では訟務を担当する部局と原課が分かれていない場合は、不慣れな訴訟遂行
がされる
→訴訟代理人弁護士への「丸投げ」、専門性が高まらない
逆に、過度な分業化では「原課の利益を代弁する全力主義」に
→分業化により訟務担当組織が確立すれば原課は訴訟遂行の判断を依存する
行政の全体像に対する充分な配慮のないまま、とにかく勝訴を、という「下位目的
の内面化」がおこる
つまり、本来の目的である行政全体の遂行よりも、下位で個別化されている原課の
利益を確保することを目的としてしまう
〜調整者としての行政が一当事者として扱われる現実〜
(3) 違法確定と救済内容の分離
裁判所ができるのは違法確定まで、その先の救済内容はもう一度考える
和解の柔軟性は行政手続過程の適正な運営で可能なのでは(当事者間の利益だけを
求めるような和解ではない)

5 終わりに

5-1 訴訟過程と行政過程の関係を改めて考えよう

5-2 「訴訟による政策実現」は誰のために?
違法な行政に対して声を上げること自体たいへんな中、そのようなところまで追い
込まれた原告が一定程度救済されなくてはならない。しかし、どのような救済をする
かという観点に立ったときに、行政は政策の全体からみて提示される解決策は飲めな
い場合は、正面から政策実現として捉えられるべきである。

質疑応答
(質問1)
和解は当事者主義に基づくものであるが、それを行政訴訟に(当事者間の利益を求め
るだけにならないように)引きなおす手法は?
(回 答)
現行法制では難しい。その点、有力説2として紹介した阿部泰隆先生は、和解の透明
性と公正性を確保する手続として、議会の関与やパブリックコメントなどに似た制度
を導入するという立法論を展開している。つまり、「このような和解をするが、みなさ
んご異議はありませんか」と先の手法で合意をとり、裁判所で和解する、というよう
な手続きを新たに設けてはどうか、という提案である。
(質問2)
行政訴訟において弁護士は被告である行政に偏らずに、原告にもフェアな立場をとる
のか?
(回 答)
民事において弁護士はクライアントの味方であるのは法曹倫理上当然のこと。しかし、
和解において、弁論準備手続で当事者の代理人を呼び出し意見聴収する場合、これ以
上紛争が起きないよう当事者同士が損をしないための議論がされることがある。さら
に、行政訴訟では、弁護士は違法であるかないかを争うが、不当であるかないかは分
からないので原課による判断が大きい。
(質問3)
政策形成過程の行政訴訟において事前解決はできないのか?
(回 答)
判決まで行かなくても、行政側が途中で自主的に撤回できる。そのまま争えば地裁で
判決が出ても高裁へ上告、取消判決が出ても控訴できるので、訴訟が長引くよりもみ
んなが納得するような和解ないし取下げは重要である。
(質問4)
政策実現における行政訴訟は行政過程の PDCAサイクルと考えてよいか?
(回 答)
判決をどう読むかは「Check」にあたり、裁判所による外部監査手段とも言えるのでは
ないか。しかしながら、外部チェックにおいて違法性は指摘できるが不当性について
はわからないので、行政機関の内部での判断によるところである。裁判の判決だけで
なく訴訟の中で出てきた考慮や市民の反応などを踏まえ結論が出ることがあってもよ
いのではないかと考える。
(質問5)
行政における訴訟体制の「分業化の不徹底→原課職員の専門性が高まらない」は逆の
場合もあるのではないか?
(回 答)
自治体によってはしっかりとした法律知識のある政策法務担当部局が存在し、原課の
リーガルチェック機能を果たして原告に配慮しながら訴訟に臨む場合もあるし、原課
が原告に配慮のないまま全力で勝ちにこだわる場合もある。しかし、大切なのは当該
案件の処分を踏まえて、ほかの諸案件についてもきちんと内部チェックが行われ、見
直しされることである。
(質問6)
訴訟の中で「適法であるが不当である」とみられるケースのシュミレーションについ

(回 答)
裁判所の判決をよく読めば不当ではないかと見受けられるものであっても、違法まで
至ってなければ請求棄却になる。この場合は判決の内容をよく読んで不当性のチェッ
クすることが必要である。出石先生が言われるように「勝って兜の緒を締めよ」とい
うこと。訴えられることは必ず理由があるので、訴訟に勝ったとしても内部チェック
と見直しは必要である。
(質問7)
講義中に話された、「住民訴訟に関する検討会」においての、行政の個人に対する損害
賠償責任についての議論を詳しく聞きたい。
(回 答)
住民訴訟において高額な損害賠償は市長に酷だから議会で請求放棄しようという流れ
があったが、最高裁がそれについて一定の範囲で釘を刺したため、「住民訴訟に関する
検討会」においてそれを解決するための案を提示した。案?Yにおいて「監査委員が意
見を述べること」とされているが、お金だけで解決するのではなく、立法などの条例
化などの民意が現れるものが必要であるのではないか。

議事録担当:西野 繁治