福岡朝鮮学園補助金差止返還訴訟・控訴審(2)

第 3 当裁判所の判断

1 当裁判所も,訴人らの請求はいずれも棄却すべきものと判断する。
その理由は,原判決10頁19行目の「本件A学園」から同20行目の「というべきであり」を「本件A学園の設置する各種学校が政治教育その他政治活動をしていても,同法14条2項違反を理由にこれを是正することは予定されていないのであり」と改め,同12頁15行目の「ことができる」の次に「とされている」と加え,同13頁12行目の「なお」から同17行目の「採用できない。」までを削除,「当審における控訴人らの主張に対する判断」を後記2のとおり付加するほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」(原判決10頁9行目から同13頁23行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

2 当審における控訴人らの主張に対する判断

控訴人らは,本件A学園の教育事業には公教育適合性がなく,また,被控訴人福岡県知事のした本件支出負担行為は私学助成法の目的にそぐわないものであるにもかかわらず,学校教育法等の各種規制ではこれを是正する途が確保されておらず,憲法89条後段の「公の支配」に属するとはいうことはできないから,本件支出負担行為は憲法89条後段に違反する旨主張する。
しかしながら,普通地方公共団体は,その公益上の必要がある場合には,補助金を交付することができるとされており(地方自治法232条の2),その公益上の必要性の判断については,補助の要否を決定する地方公共団体の長に一定の裁量権があるから,地方公共団体の長に裁量権の逸脱又は濫用があったと認められる場合に限って当該補助金の交付は違法となると解される。そして,公益上の必要性に関する判断に裁量権の逸脱又は濫用があったか否かの判断に当たっては,当該補助金交付の目的,趣旨,補助の対象となる事業の趣旨,目的等の諸般の事情を総合的に考慮する必要がある。
原判決が説示するとおり,本件A学園が設置するE学校,F学校及びG学校は,いずれも各種学校であって,学校教育を行う学校教育法上の学校(学校教育法1条)ではなく,学校教育に類する教育を行うものであり(同法134条1項),公の性質を有する学校教育法上の学校に適用される教育基本法14条2項等の制限は私立学校法及び私学助成法には規定されておらず,私立学校法59条,私学助成法16条,同法10条により,国又は地方公共団体は,各種学校に対する補助金等の助成をすることが許容されている。そして,前記引用に係る原判決認定の事実及び証拠(甲1,7,乙1,2,4ないし9)によれば,被控訴人福岡県は,近年の国際化に伴い,県内に私立外国人学校を設置する学校法人の教育・文化活動等の振興を図るため,私学助成法10条に基づき,外国人学校教育振興費補助金を交付することとし,福岡県私立外国人学校教育振興費補助金交付要綱(以下「本件要綱」という。)を定めて,平成4年4月1日から,これに従って上記補助金の交付を行っていたこと,本件A学園は,平成21年度の上記補助金について,被控訴人福岡県知事に対し,本件要綱に基づき,上記補助金の交付申請手続をしたこと,被控訴人福岡県は,本件支出負担行為をした上,本件A学園に上記補助金を交付したこと,被控訴人福岡県の総務部私学学事振興局私学振興課(以下「私学振興課」という。)は,平成23年1月19日,過去5年間分の上記補助金に係る調査を行い,本件A学園が被控訴人福岡県と北九州市に対する二重申請による重複受領を行ったのは,本件A学園内部の事務処理の確認懈怠によるものであり,詐欺的であるとの証拠はなく,その余は適正に実施されているとして,本件A学園に対し,上記重複受領に係る部分についての返還を求め,その返還を受けたことが認められる。
上記認定事実によれば,本件支出負担行為は,私学助成法10条等に基づき,本件要綱の定める手続に従って補助金支出が決定され,その補助額が確定されたものであり,私学振興課による上記補助金の過去5年間にわたる調査においても,上記重複受領を除いた部分は適正なものと判断されていることからすると,本件支出負担行為は同法10条の目的,趣旨に沿うものであったと認められる。他に本件支出負担行為に係る公益上の必要性に関する判断につき被控訴人福岡県に裁量権の逸脱又は濫用があったことをうかがわせる事情は認められない。

また,前記引用に係る原判決認定の事実によれば,本件A学園は,昭和39年8月26日,私立学校法64条4項の各種学校のみを目的として,被控訴人福岡県知事の認可を受け,学校教育法134条1項の学校教育に類する教育を行う各種学校としてE学校等を設置している準学校法人であること,国又は地方公共団体は,本件A学園に対し,補助金支出等の助成ができる(私学助成法16条,10条)が,助成に関し必要があると認める場合,本件A学園から,その業務若しくは会計の状況に関し報告を徴し,又は当該職員に本件A学園の関係者に対し質問させ,若しくはその帳簿,書類その他の物件を検査させ,本件A学園の予算が助成の目的に照らして不適当であると認める場合において,その予算について必要な変更をすべき旨を勧告し,また,本件A学園の役員が法令の規定,法令の規定に基づく所轄庁の処分等に違反した場合において,当該役員の解職をすべき旨を勧告する権限を有していること,さらに,本件A学園が,法令の規定に違反し,又は法令の規定に基づく所轄庁の処分に違反した場合において,他の方法により目的を達することができない場合には解散命令(私立学校法64条5項,62条)を,法令の規定に故意に違反したとき,法令の規定により都道府県知事がした命令に違反したとき,又は6か月以上授業を行わなかったときは,閉鎖命令(学校教育法134条2項,13条1項)をそれぞれ発することができると定められていることが認められる。そうすると,本件A学園の教育事業への本件支出負担行為等の補助金交付が公の利益に沿わない場合には,上記の各法規制によりこれを是正しうる途が確保され,上記補助金が濫費されることを防止しうるものと認められるから,本件A学園の上記教育事業は憲法89条後段の「公の支配」に属するものというべきである。
また,控訴人らは,公権力と政治教育との結びつきを禁じた教育基本法14条2項の趣旨は,本件A学園が設置する各種学校に及ぶと解すべきであるから,被控訴人福岡県知事が,上記実態を有する本件A学園の教育事業に対し本件支出負担行為をしたことは教育基本法14条2項の理念に違反する旨主張する。
しかしながら,教育基本法14条2項の趣旨は,公の性質を有する学校教育法上の学校において,その政治的中立性を確保するため,学校教育における党派的政治教育を禁止するというものであるところ,本件A学園が設置した各種学校には教育基本法14条2項の適用はなく,また,各種学校の党派的政治教育を禁止した規定も私立学校法及び私学助成法上はなく,具体的な教育内容は各種学校に委ねられている。そして,前記認定のとおり,上記補助金は,国際化が進む中,県内にある外国人学校と県民等との交流を通して学校の教育活動等を推進するため,その経費の一部を支援するものであること,私学助成法10条等に基づき,本件要綱による上記補助金交付が長期間にわたって行われてきたことが認められる。
これらの事情によれば,被控訴人福岡県知事が本件A学園に対して行った本件支出負担行為をもって教育基本法14条2項の理念に違反するということはできない。
控訴人らは,本件支出負担行為は,北朝鮮に対する援助となり,いわゆる拉致問題の解決を遠ざけることになるから,北朝鮮人権侵害対処法2条,3条に違反する旨主張する。
しかしながら,北朝鮮人権侵害対処法2条はいわゆる拉致問題に関する国の責務等について規定するものであり,同法3条は,地方公共団体に対し,国と連携を図りつつ,上記拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題に関する国民世論の啓発を図る努力義務を課したものであって,同法3条違反の有無は,上記補助金支出の違法性に影響することはないというべきであるから,上記主張は採用できない。

第 4 決論
以上によれば,本件控訴は理由がないからこれをいずれも棄却することとして主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所第4民事部
裁判長裁判官 原敏雄
裁判官    小田幸生
裁判官    佐々木信俊