福岡朝鮮学園補助金差止返還訴訟(3)

第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件支出負担行為の教育基本法14条2項違反の有無)について
 (1) 原告らは,本件朝鮮学園は,特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他の政治的活動をしているところ,このような教育に対する公金支出は,公権力による政治教育に対する加担を意味し,公権力と政治教育との結びつきを禁じた教育基本法14条2項の理念に反すると主張する。
 (2) しかし,本件朝鮮学園の設置する学校は,学校教育法134条の「各種学校」に該当し,学校教育法上の「学校」(同法1条)ではないため,教育基本法14条,2項の「法律に定める学校」に該当しないのだから,教育基本法14条2項の適用を受けない。
 そして,各種学校が,教育基本法14条2項の適用を受けないものとされていることからすると,本件朝鮮学園の設置する各種学校が政治教育その他政治的活動をすることは法律上許容されているというべきであり,他方,各種学校に対して,補助金を交付することもまた,前記関係法令の定めのとおり,法律上許容されているのだから,本件朝鮮学園の設置する学校が行う教育事業に対して公金を支出することが,教育基本法14条2項の理念に反するとはいえない。
 (3) よって,本件支出負担行為が,教育基本法14粂2項に違反するとはいえない。

 2 争点(2)(本件支出負担行為の憲法89条後段違反の有無)について
 (1)私立学校の教育事業に対する公的助成は,その教育事業が憲法89条後段の規定する「公の支配」に属することを要するが,その程度は,国,地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営,存立に影響を及ぼすことにより,同事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され,公の財産が濫費されることを防止しうることをもって足りるというべきである(東京高等裁判所平成2年1月29日判決参照)。
 (2)原告らは,同判決が,この公の支配の具体的な方法として,「当該事業の目的,事業内容,運営形態等諸般の事情によって異なり,必ずしも,当該事業の人事,予算等に公権力が直接的に関与することを要するものではない」と判示したことをもって,当該教育事業に「公の支配」が及んでいるかどうかを判断するためには,事業の目的,事業の内容,事業の運営形態等を具体的に審査する必要があり,その上で,公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保されていることを必要としたものであって,これらの要件をクリアできないのであれば,公権力による人事,予算等についての直接関与がない限り,「公の支配」が及んでいるとはいえないとしたものと考えるべきであると解釈した上で,上記第2の4(2)アのとおり,本件朝鮮学園の教育事業は,その目的,内容,運営形態等に照らして,およそ公教育の名こ値せず,わが国の公の利益の利益に沿わないにもかかわらず,これを是正しうる手段はなく,公権力による人事,予算等についての直接関与もされていないから,「公の支配」に属していない旨主張し,これに沿う内容の意見書(甲55)を提出している。
 (3) しかし,憲法89条後段の趣旨は,「第7章 財政」に規定されていることからも,慈善,教育又は博愛の事業については,公的な財政援助を与える意義,現実的な必要性がある反面,その目的の公共性の故に公費が濫用されるおそれがあり,これを防止する必要があることから,この両者の調和を図って設けられたものと解するのが相当であり,同条後段の解釈は,原告らも主張するように,「公費濫用防止」の観点から行うのが相当であると解される。そうすると,私立学校の教育事業が「公の支配」に属するか否かは,公の財産が濫費されることを防止できるような公的規制のシステムが構築されているか否かという観点から判断すれば足り,その教育内容等に介入してこれを是正できる途が確保されているか否かという観点までは必要ではないと解される。
 (4) このような観点から検討すると,前記前提事実及び関係法令の定めによれば,本件朝鮮学園の設置する学校は,学校教育法134条1項の各種学校として,学校の設置廃止,設置者の変更等について,被告福岡県知事の許可が必要とされ(同法134条2項,4条1項),また,校長及び教員の配置及び欠格事由が規定され(同法134条2項,7条,9条),また,法令の規定に故意に違反したとき,法令の規定により被告福岡県知事がした命令に違反したとき,又は,6か月以上授業を行わなかったときは,被告福岡県知事は,本件朝鮮学園の設置する学校の閉鎖を命ずることができる(同法134条2項,13条1項)。また,本件朝鮮学園の設置する学校は,各種学校として,同法134条3項に基づく各種学校規程(昭和31年文部省令第31号)において,修業期間,授業時数,施設,設備等についての一定の規制を受けている。
 また,本件朝鮮学園は,準学校法人として,学校の設立,寄附行為の変更,合併について被告福岡県知事の認可が必要とされ(同法64条5項,31条,45条),法人役員の定数が法定され,その選任に関して制限を受けている(同法64条5項,35条,38条)。また,本件朝鮮学園が法令の規定に違反し,又は法令の規定に基づく所轄庁の処分に違反した場合において,他の方法により目的を達することができない場合には,被告福岡県知事は,本件朝鮮学園の解散を命ずることができる(同法64条5項,62条)。
 さらに,福岡県知事は,本件支出負担行為に基づき助成を受ける本件朝鮮学園に対して,業務若しくは会計の状況に関する報告徴収,学則に定めた収容定員を著しく超えて入学させた場合の是正命令,本件朝鮮学園の予算が助成の目的に照らして不適当と認める場合の変更勧告,本件朝鮮学園の役員が法令の規定、法令の規定に基づく福岡県知事の処分又は寄附行為に違反した場合の当該役員の解職勧告をすることができる。
 (5) このように,本件朝鮮学園及び同学園が設置する学校が行う教育事業は,学校教育法,私立学校法,私立振興助成法上の各種の規制を受けているというべきであって,同事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正しうる途が確保され,公の財産が濫費されることを防止できるものと認められるのだから,憲法89条後段にいう「公の支配」に属すると解される。
 なお,原告らは,本件朝鮮学園の事業が憲法89条後段の「教育」事業に該当しないと主張するが,本件各証拠(甲1,15,16の1・2,17の1・2,18の1・2)によれば,本件朝鮮学園が,その所属する学生に対し,一定の教育を施していることは明らかであり,本件朝鮮学園の事業は,「教育」事業に該当するというべきであって,これを覆すに足る証拠は認められないので,原告らの上記主張は採用できない。
3 争点(3)(本件支出負担行為の北朝鮮人権侵害対処法2条及び3条違反の有無)について
 原告らは,本件支出負担行為が,北朝鮮人権侵害対処法2条及び3条に反すると主張するが,2条及び3条はいずれも国又は地方公共団体の努力義務を定めた規定であるから,本件支出負担行為の違法性の有無を左右するものとはいえない。よって,原告らの上記主張は採用することはできない。
4 結論
 以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

福岡地方裁判所第3民事部
 裁判長裁判官 平田豊
    裁判官 片瀬亮
    裁判官 大野崇