大阪朝鮮学園補助金裁判(6)

大阪朝鮮学園補助金裁判

(9) 争点9(A市要綱交付対象要件充足の有無)について
(原告の主張)
後記アのとおり,原告は本件A市補助金を受けることについて権利・利益を有しており,また,後記イのとおり,平成24年3月27日付け改正によりA市要綱2項に付加された新要件は違法(違憲)・無効であって,原告にその余の交付対象要件充足に欠けるところはないから,原告がA市要綱2項交付対象要件を充たしていることは明らかである。仮に新要件が違法・無効とはいえないとしても,後記ウのとおり,信義則に照らし,原告はA市要綱2項交付対象要件を充たしていると評価されるべきである。
ア 原告の被告A市に対する本件A市補助金に係る権利性等
上記(4)(原告の主張)イ(ア)において主張したところと同様に,憲法26条及び13条,国際人権基準及び民族教育への権利,私立学校の自由,平等原則及び差別禁止,後退的措置の禁止により,昭和62年度から本件A市補助金の交付を受けている原告が,被告A市に対し,本件A市補助金の交付を求める権利・利益を有していることは明らかである。そして,これらの点は,本件23年度A市補助金についても同様である。
なお,原告は,本件A市不交付以降,本件A市補助金の交付を受けることができない状態が続いている。
イ 平成24年3月27日付け改正によりA市要綱2項に付加された新要件が違法・無効であることA市要綱2項は,平成24年3月27日付け改正により本件A市補助金の交付対象要件として,「当該年度にA府私立外国人学校振興補助金の交付を受けることが見込まれる」こと(新要件)が付加された。以下の事情に照らせば,新要件は,違法・無効である。
(ア) 新要件は本件A市補助金の制度の趣旨に反するものであること
本件A市補助金は,国や被告A府とは無関係に,被告A市が,学校教育法に規定する小・中学校に準ずる教育をしている学校法人に対し,その実態を考慮して独自に補助金の交付を行ってきたものである。そして,被告A市は,原告がそのような学校法人に当たるとして,これまで本件A市補助金を交付してきた。しかし,今般,被告A市は,本件A市補助金が本件A府補助金を補完するものであるなどと従前の経緯を無視した説明をするに至り,従前の経緯とは齟齬する新要件を突如として付加したものである。このような新要件は,本件A市補助金の交付対象の要件として許されるものではない。
(イ) 新要件は原告を狙い撃ちにする不法な動機によるものであること
被告A市は,被告A府が政治的理由により原告のみを狙い撃ちにして本件A府不交付を行うことを把握するや,被告A府と同様に,政治的理由により原告のみを狙い撃ちにするためにA市要綱の改正を行ってA市
要綱2項に「当該年度にA府私立外国人学校振興補助金の交付を受けることが見込まれる私立学校法に定める学校法人」という要件(新要件)を追加した。このように,政治的理由により原告のみを狙い撃ちにして本件A市不交付をするために設けられた新要件は,違法・無効である。
また,被告A市は,被告A府が新たに設定した違法な4要件及び本件A府不交付を踏まえて新要件を付加したのであるから,被告A市は新要件を設けて,被告A府が掲げた4要件を本件A市補助金に係る交付対象の必須要件として追認したものと評価できる。したがって,被告A市の新要件の付加も,被告A府による4要件の付加と同様に,違法・無効である。
ウ 原告が信義則上A市要綱2項交付対象要件を充たすものとされるべきであること
本件A市申請の後に設けられた新要件を充たしていないことを理由に本件A市不交付をすることは信義則に違反し許されない。
したがって,原告は,A市要綱2項交付対象要件を充たしているというべきである。
(被告A市の主張)
ア 本件A市不交付は,A市要綱に基づいて行われているものであるが,A市要綱は,法令等には当たらず,本件A市交付規則を受けて補助金交付の内部的手続の細則を定めたものにすぎない。したがって,本件A市補助金の受給権は交付決定により発生するものであり,交付決定がない段階ではその受給権が保障されているものではない。そして,私立学校法59条及び私立学校振興助成法10条にも,本件A市補助金を受ける権利を保障する内容の規定はないから,これらの規定が本件A市補助金の受給に権利性を付与するものではない。
被告A市は,A市要綱2項を改正しているが,この改正は,原告を始めとする各種学校監督官庁都道府県(被告A府を含む。)であるから,本件A市補助金の交付が本件A府補助金の交付を前提とし,これを補完するものであることをA市要綱上に明記したものにすぎず,これに政治的理由はない。そして,本件A市補助金は,被告A市がA市要綱を定め,これに従って交付するか否かについて決定を行うものであり,平成24年3月27日付けのA市要綱の改正も単に本件A市補助金の交付対象要件として新要件を明記したにすぎないものであるから,新要件がA府補助金の交付要件の適法性やその要件充足性について斟酌するものではないし,当然ながらA府要綱に付加された4要件を追認するものでもない。
そして,被告A市は,原告による本件A市申請を受けた後,本件A市補助金が交付されるか否かが実質的にはA府補助金の交付対象要件を充たすか否かと同様になるものと見込まれたことから,原告に対し,本件A府補助金の交付対象要件として把握していた内容を記した本件メモを示すなどしてこれらの説明をした上で本件A市申請が新要件を含む本件A府補助金の交付対象要件に該当するか否かを検討し,実際に被告A府が本件A府補助金を交付することが見込まれないことが判明したことから,本件A市不交付をしたのであって,この点に違法はないし,原告が本件A市補助金の交付対象要件を充たしていたとはいえない。
なお,被告A市が原告に示した本件メモは,A市補助金の要件を示したものではなく,上記のとおり,被告A市の担当者が原告に対して本件A市補助金の交付を受けることができるか否かの見通しを説明するに当たり,本件A市補助金の交付を受けるためには,結果として被告A府によるA府補助金の交付対象要件を充たすことが必要となる旨の説明を行う際に,当時被告A市において把握していた被告A府による本件A府補助金の交付対象要件を示したものにすぎないから,本件メモに記載された5つの項目はA市補助金の交付対象要件ではない。
イ 原告の主張について
原告は,本件23年度A市補助金の交付を受ける権利を有しており,被告A市による本件A市不交付によってこれが侵害されたと主張するが,以下の事情から,いずれも理由がない。
(ア) 原告は,憲法13条,26条,国際人権法(世界人権宣言26条,社会権規約2条,13条,14条,自由権規約26条,子どもの権利条約2条,28条,人種差別撤廃条約5条等)により,本件A市補助金の交付請求権を有していると主張するが,具体的な制度構築に当たっては様々な考慮要素を立法裁量に委ねていると解され,憲法13条,26条から具体的な権利が導き出されるものではないし,原告が主張する上記条約等がいかなる構成により国内法と同じ法規範性を有するか不明である。これら社会権の具体化は,立法等による具体化を経て,漸進的に達成されるべきものといわざるを得ない。
(イ) 原告は,民族教育や私立学校の自由を理由に本件A市補助金の交付請求権があると主張する。しかし,本件A市補助金を受給する権利は,被告A市の裁量により交付決定がされた上で成立するものであり,それ以前には法的に保障されたものではない。また,原告のいう私立学校の自由は教育内容の決定権の所在に関するものであると思料されるところ,被告A市は,何ら原告の教育内容の決定権を侵害していない。被告A市がA市要綱に新要件を付加したことは,合理的な裁量の範囲内のことで
あるし,もとより,原告の本件A市補助金の交付対象要件や本件A府補
助金の交付対象要件に従わない自由を制限するものではない。
原告は,本件A市補助金が学校の運営に必要不可欠な状況であるなど
とその窮状を訴えるが,単なる事実状態であって,それが本件A市補助
金の交付を受けることについての法的根拠となるものではない。
(ウ) 原告は,本件A市不交付が後退的措置の禁止原則に反すると主張す
る。しかし,本件A市補助金の受給権は法的に保障されたものではない
のであるから,無条件に継続的に交付されることが権利として保障されたものではない。これまでの交付も,毎年度の申請と審査を経て結果的に毎年度交付されていたにすぎない。そして,A市要綱は補助金交付の内部的手続の細則を定めたものにすぎず,これを理由として受給権が保障されるものでもないし,この点をおいたとしても,A市要綱に不交付や返還に関する規定があることに照らせば,毎年度の受給権が保障される内容にもなっていないことは明らかである。そもそも,本件A市補助金の交付は,実質的にみると,私法上の贈与契約における申込みに対する応答の性質を持つものにすぎず,何ら法的に保障された権利に基づくものではないため,交付決定がない以上,被告A市がこれを交付すべき義務を負うものではなく,交付しないことが違法となるものではない。
また,原告は後退的措置の禁止の根拠として,社会権規約を挙げるが,社会権規約の規定により直接的に具体的権利が保障されるものではない。
なお,原告は,本件A市補助金が本件A市不交付により停止されたと主張するが,本件A市補助金は,原告に対する本件A市不交付の後に,平成23年度末をもって制度を廃止したものであって,停止しているものではない。
(エ) 原告は,本件A市不交付には,政治的動機に基づく他事考慮がある一方,他方で考慮すべき事項を考慮していないと主張する。しかし,本件A市不交付は行政処分ではないから,行政処分を行うに当たっての裁量といった問題は生じないし,また,A市要綱に付加された新要件は,被告A府が本件A府補助金を交付することが見込まれることであるから,この要件自体は政治とは無関係である。仮に被告A府におけるA府要綱に付加された4要件に政治的問題があるとしても,これは被告A府との間での問題であって,本件A市補助金の要件の問題ではない以上,被告A市との関係で主張されるべきものではない。
(オ) 原告は,本件A市不交付が,原告と他の私立学校及び他の外国人学校との平等原則に違反すると主張する。しかし,憲法14条は,合理的な区別までも禁じているものではない。A市要綱は,「義務教育に準ずる教育を実施する各種学校を設置する学校法人」に対する補助金について定めるものであって,1条校とはそもそも性質の異なる各種学校を対象としたものであるから,1条校と補助等を同じくしなければならないものではない。
また,被告A市がA市要綱に基づいて本件A市補助金を交付していた学校として,原告の他にMがあるものの,Mは,平成23年度の本件A市補助金の交付対象となる学校法人として,A市要綱の要件を充たしていたことから,本件A市補助金の交付を受けているにすぎない。