関東大震災・朝鮮人中国人虐殺事件・人権救済申立・勧告(2) 日弁連

第3 軍隊による虐殺
1 認定と根拠
(1)認定
 被害者の人数を確定するには至らないが、関東大震災において多数の朝鮮人・中国人が軍隊によって殺害された。
(2)認定の根拠
 従来、軍人による朝鮮人虐殺については、被害者側の目撃供述、その伝聞、元兵士による述懐など、さまざまな記録が残されている(第一師団騎兵第十六聯隊見習士官越中谷利一の手記(『現代史資料6』x ・)、 全虎岩『亀戸事件の記録』亀戸事件碑記念会編・国民救援会、崔承萬「日本関東大震災わが同胞の受難」『極熊筆耕−崔承萬文集』等々)。 しかしながら、当委員会として、供述あるいは述懐する本人と面談することはすでに叶わず、また、残された記録の裏付を諸事実と照らし合せて確認することも容易ではない。
 しかしながら、陸軍および政府に残る資料から、軍隊による殺害の事実を確認することができる。また、中国人に関しては、資料収集者に対する聞き取りが実現したことから、これを判断の参考にすることが可能であった。

以下に検討の内容を記す。

2 軍隊による朝鮮人殺害
(1)政府の記録に残る事件
 『関東戒厳司令部詳報第三巻』所収「第四章 行政及司法業務」の「第三節付録」付表「震災警備の為兵器を使用せる事件調査表」(以下「資料第3の1」という)および『震災後に於ける刑事事犯及之に関聯する事項調査書』所収「第十章 軍隊の行為に就いて」の「第四 千葉県下における殺害事件」(以下「資料第3の2」という)によれば、軍隊による多数の朝鮮人虐殺事件が認められる。
 上記2つの資料は、同一の事案について共通して記載している事例が多いので、主に資料第3の1に依拠して概観すると、下表のとおり12件の軍隊による朝鮮人虐殺事件があったことが認められる。その被害総数は少なくとも数十人以上に及んでおり、この資料に記載された殺害事件だけでも多大な数に上る。
 なお、下表?Cの事件については、後述(3、(2)、エ)するように、被害者は中国人である可能性がある。

【表】
月日 場所  概 要
?@ 9/1 東京府月島4丁目付近 外泊休暇中の兵士が朝鮮人1名を撲殺 (資料第3の1)
?A 9/3 東京府両国橋西詰付近 1兵士が朝鮮人1名を射殺 (資料第3の1)
?B 9/3 東京府下谷区三輪町
45番地電車道路上 1兵士が朝鮮人1名を刺殺 (資料第3の1)
?C 9/3 東京府大島町3丁目付近 3名の兵士が朝鮮人を銃把で殴打したことがきっかけで群衆・警察官
と闘争がおこり、朝鮮人200名が殺害された (資料第3の1)
?D 9/3 東京府永代橋付近 兵士3名が朝鮮人17名を射殺(資料第3の1)
?E 9/3 東京府大島丸八橋付近 兵士6名が朝鮮人6名を射殺(資料第3の1)
?F 9/3 東京府亀戸駅構内 兵士1名が朝鮮人1名を射殺(資料第3の1)
?G 9/2 千葉県南行徳村下江戸川橋際 騎兵15連隊の2名の兵士が朝鮮人1名を射殺(資料第3の1)
?H 9/3 千葉県浦安町役場前 兵士1名が朝鮮人3名を射殺(資料第3の1、2)
?I 9/4 千葉県松戸地先葛飾橋上 1将校が1兵士に命じて朝鮮人1名を射殺 (資料第3の1、2)
?J 9/4 千葉県南行徳村下江戸川橋北詰 1軍曹が兵士2名に命じて朝鮮人2名を射殺(資料第3の1、2)
?K 9/4 千葉県南行徳村下江戸川橋北詰 1軍曹が兵士2名に命じて朝鮮人5名を射殺(資料第3の1、2)

 以上の事実によれば、軍は震災後の混乱の中で、理由なく朝鮮人を多数虐殺しているのであり、これらの殺害 事件に関する国の責任は重いといわなければならない。また、これらの事件は、裁判・軍法会議のいずれにもかからなかっただけに、軍隊による朝鮮人殺害の事実と国の責任を明らかにすることの意味は大きい。

(2)上記以外の事件
 軍隊が朝鮮人の殺害に関与したのは、上記事件に限定されるものとは考えられない。
 資料第3の2によれば、資料第3の2に報告されている 「千葉県下における殺害事件」 は、 「千葉地方裁判所管内に於て鮮人を殺傷したる事件を検挙し之が審理中軍人に於て殺害行為を為したりとの密告を為したるものあり。
 又被告に於て其の趣旨の陳述を為したりとて左記事実に付検事正より報告ありたるを以て直に之を陸軍省に移 牒したり。」
という経緯で、 正式に移牒を受けたものを軍として暖昧にすることができないことから、報告をあ げていると考えられる。そして、資料第3の1が資料第3の2とかなりの程度重複していることから、資料第3の2に掲げられた事件も、資料第3の1と同様の事情で表面化せざるを得ない範囲に留められているものと考えられる。
 また、資料第3の1は「兵器」を使用した事例とされている。これは、小銃など軍隊が用いる兵器によらずに殺害した事例は除外するとの意味とも受け止めうる。

イ さらに『中華民国僑民被害調査表』(1923年12月7日)、『震災時支那人被害状況表』、『中華民国留日人民被害調査表』(1924年2月25日)、『日人惨殺温州僑胞調査書』(1924年5月5日)等の調査がなされ、それらの調査の結果につき、重複を省き、合算すると被害者総数は758名となる。

ウ 当委員会としては、これらの被害者数について、実数として確定するすべを持たないが、200数十名を越え750名程度の範囲の中国人が殺害されたと推定することには相当の根拠があると判断する。

4 結論
 以上のとおり、軍隊によって朝鮮人および中国人が殺害された事実が認定できる。
 なお、これらの虐殺の状況について、資料第3の1には、虐殺が正当防衛にあたるものであるかの如き記載が列挙されている。
 一例を挙げれば、資料第3の1の2例目には、 「鮮人と思わるる者夜警青年団員に追跡せられた結果窮して抜刀し群衆に迫り危険甚しく歩哨之を制したるも肯せす己むを得す…刺突し…射殺」したと記載されている。 いわれなく自警団に追跡され危険を感じた朝鮮人が、仮に抜刀して身構えたのだとしても、これを刺突した上射殺しなければならない急迫不正の侵害は認めがたい。
 また、同4例目には、「該鮮人は突然右物入より爆弾らしきものを取出し将に投擲せんとし危険極なかりしを以て自衛上巳むを得す之を射殺せり」 と記載されているが、 投擲しようとしたという物体が爆弾であったとは記載されていないから、射殺後もそのような事実は確認できなかったのであろうと認められる。
 このように、あたかも正当防衛その他巳むを得ずに行ったものであるかのように記載されている各殺害行為は、いずれも軍による朝鮮人殺害を正当化できるものではない。